力強い押し相撲と存在感のある取り口で注目を集めている荒篤山(こうとくざん)。土俵上では迫力ある姿が印象的ですが、プライベートについてはあまり知られていませんよね。
「結婚しているの?」「お父さんはどんな人?」「家族構成やこれまでの経歴が気になる」と感じている方も多いのではないでしょうか。この記事では、荒篤山の結婚事情や家族についての情報、これまで歩んできた経歴をわかりやすくまとめてご紹介します。
荒篤山は結婚してる?
荒篤山は2025年12月現在、結婚していない可能性が高いです。これまで結婚に関する公式な発表や報道はなく、師匠やおかみさんからも結婚について言及された情報は見当たりませんでした。
31歳という年齢から、今後の結婚を気にする声もありますが、現在は力士としての充実した日々を送っている時期なのかもしれません。一般的に結婚を機に飛躍する力士も多いため、良きご縁があれば、今後さらに活躍の幅が広がる可能性もありそうですね。
荒篤山の家族構成
荒篤山は、日本人の父親とフィリピン人の母親を持つハーフで、妹が2人いる3人兄妹の長男です。父親は康範さん、母親はフィリピン出身のキャサリンさんで、家族の温かい支えの中で育ってきました。
休日には家族と食事や買い物に出かけたり、自身が作ったちゃんこをごちそうすることもあるそうです。親方からの助言と同じくらい家族の言葉も大切にしており、特に母親からの励ましは、荒篤山の心の支えとなっているようです。
荒篤山の父はどんな人?
荒篤山の父親の康範(やすのり)さんは、相撲の経験はないそうです。意外に感じる方も多いかもしれませんね。しかし、日本に来た荒篤山のために自ら複数の相撲部屋を調べ、入門の相談を行った行動力のある方でもあります。
その中で荒汐部屋から丁寧な対応を受け、入門を後押ししました。相撲経験はなくとも、息子の夢を大切にし、温かく見守り続けてきた存在だといえるでしょう。
荒篤山の本名や四股名の由来
荒篤山の本名は、寺井ジャスパーケネスさんです。「ジャスパーケネス」には「明るく元気な男の子に育ってほしい」という願いが込められているそうです。
現在の四股名「荒篤山」は、荒汐部屋の後援会長によって名付けられました。「荒」と「篤」という字には、行き詰まりながらも物事に熱心に取り組むという意味が込められており、粘り強く努力を重ねてきた荒篤山の歩みにも重なる名前といえるでしょう。
荒篤山の経歴について
ここからは、荒篤山が相撲の世界に入るまでの背景や、下積み時代を含めたこれまでの歩みについて詳しくまとめました。フィリピンで育った幼少期から、日本での学生生活、荒汐部屋入門後の苦労や成長の過程までを振り返りながら、その歩みをご紹介します。
フィリピンで育ち日本へ渡った幼少期
荒篤山は1994年3月11日生まれ。出生地はフィリピン・ラグナ州サンタローザで、12歳まで母親の実家で育ちました。日本相撲協会の公式プロフィールでは神奈川県横浜市出身とされていますが、実際に来日したのは中学生の頃です。
父親から日本で暮らす意向を尋ねられ「母と一緒に生活できる」と考えたことが来日の決め手でした。日本語がほとんど話せない状態から始まった日本での生活は、少年時代の荒篤山にとって大きな挑戦だったようです。
日本での学生生活と相撲との出会い
来日後は横浜市立十日市場中学校に入学し、野球部に所属して学校生活を送りました。最初は簡単な挨拶程度しか日本語が話せませんでしたが、周囲に助けられながら学び、卒業する頃には日常会話に困らないほど上達しました。
一方で読み書きには苦労しており、将来を心配した父親の勧めもあって大相撲の道を意識するようになります。「相撲を通して日本語も身につけたい」という思いが、入門を決意する大きな理由だったようです。
荒汐部屋入門と下積み時代
父親が息子の将来を思い、複数の相撲部屋に連絡を取る中で、荒汐部屋から迅速かつ丁寧な返信がありました。体験入門や千秋楽パーティーへの参加を経て、正式に入門が決定。
2009年3月に荒汐部屋へ入り、日本国籍取得後の同年9月場所で初土俵を踏みました。幕下昇進まで約5年を要するなど、地道に努力を重ねる下積み時代が続きました。
十両・幕内昇進とその後の歩み
2021年7月場所で新十両に昇進し、荒汐部屋では久々の関取誕生として注目を集めました。一度は幕下に陥落するものの、諦めずに再昇進を果たし、2022年3月場所で待望の新入幕。長い下積みを経ての幕内昇進時には、本人も「相撲人生で一番楽しい」と語っています。
その後は幕下と十両を行き来しながらも、2025年には14場所ぶりの十両復帰を果たし、再び上位を狙う位置まで戻ってきました。
挫折を乗り越えながら磨いた相撲スタイル
荒篤山は、恵まれた体格を生かした突き押し相撲を武器に成長してきました。幕下上位で何度も壁に跳ね返され、十両目前で悔しい思いを重ねた時期も少なくありません。そのたびに課題と向き合い、稽古量を増やして改善を重ねてきたといいます。
琴勇輝を手本に突き押しを磨き、本人から直接教えを受けたことも大きな刺激となりました。苦しい経験が、現在の粘り強い相撲につながっているようです。
幕内定着を目指す
荒篤山はこれまで、十両と幕下を行き来しながらも着実に実力を積み上げてきました。本人は過去に「幕内で勝ち越すこと」を目標に掲げており、その思いは今も変わっていないようです。
長い下積みや度重なる挫折を経験しているからこそ、一番一番を大切にする姿勢が印象的です。幕内の土俵に立ち、安定して結果を残すことが、これからの大きな目標といえるでしょう。
まとめ
荒篤山は結婚について公式な発表はなく、現在は相撲に集中している時期と考えられます。温かく支えてくれる家族の存在が、これまでの彼の歩みを支えてきました。フィリピンで育ち、日本へ渡ってから下積みを重ね、幕内昇進を果たした努力家でもあります。
幾度もの挫折を乗り越えながら力を磨いてきた荒篤山。今後の土俵で活躍する姿やプライベートに期待が高まりますね。